津波の水は『水』だけではない

津波が襲ってきたとき、救命胴衣をつけていたら助かるのでは?と考える人がいる。さて、どうだろう。

今回の東日本大震災で亡くなられた方のうち、岩手・宮城・福島の三県で死亡され、検視を終えた方は4月下旬で1万3135人に達し、そのうち水死が92%を占めたと報道された。この時点でまだ行方不明者が1万4千人近くに上り、それらの方々の死因が不明なため、大多数の死因が水死と言い切るにはまだ不確かなことが多い。過去の津波災害で報告された検死結果では、予想と異なり、溺死よりも打撲などによる死亡が多いとされている。

津波はプレート活動によって海底の地殻が上下に変動することにより、その上にある海水が連動して上下し発生する波であるため、海底の泥や砂、果ては岩石なども巻き上げながら陸地に向かってくる。また津波が防潮堤などを破壊するとそのコンクリート片や波消しブロックも巻き込んで運んでくる。津波が陸地に上がると、陸上の建築物なども破壊しながら進む。津波に巻き込まれた人はこれらの構造物に打ち付けられるため、全身各所を打撲することになる。

岩手県大船渡市に建立されている「明治三陸大津波伝承碑」には次のような記録がある。
「死者は頭脳を砕き、あるいは手を抜き足を折り、実に名状すべからず」
「頭足、所を異にするに至りては惨の最も惨たるものなり」

明治三陸大津での死体について記載した東京日日新聞には次のような記載がある。

「累々たる死体のなかには、九の字形に曲がったもの、頭が潰れて脳の中が露出している者、腐乱して誰かを見分けかねる者等々、鬼気迫る光景である。」

津波に巻き込まれるということは、東洋町生見やハワイの海岸で大きな波に巻き込まれるのとは根本的に異なることがわかる。津波は水だけではなく、種々雑多の巨大な固形物を含んでおり、津波に巻き込まれるとそれらの固形物が身体に衝突するため、救命胴衣を付けていても死から免れる可能性はきわめて低い。碑文の作者は、尋常ではない死に方をされた人の遺体を見聞きして記載したであろうから、水死以外の死因を大きく誇張した可能性はある。しかし地震が発生したらすぐに救命胴衣を着用し、津波に乗ると考えるより、逃げることを最優先とにすべきと思う。津波から助かるには何をさておいても逃げることと肝に銘じよう。 

【坂東】
 
引用文献:『津波てんでんこ』山下文男(新日本出版社)『津波から生き残る』津波研究小委員会(土木学会)