必ず来る、東南海・南海大地震

はじめに

文部科学省の特別機関である地震調査研究推進本部の予測によると平成22年1月1日から、今後30年間に東南海地震が発生する確率は60〜70%、南海地震は50〜60%とされている。(図1)何を根拠にこのような数値がはじき出されるのか調べてみた。

プレート

我々徳島県の大地は地球表面の殻ともいうべき、ユーラシアプレートの上に存在している。(図2)

そのユーラシアプレートとフィリピン海プレートとの境目の海溝を南海トラフと呼ぶ。南海トラフの東方を駿河トラフと呼んでいる。この南海トラフ周辺から発生する地震が南海地震で、駿河トラフ周辺からのものが東南海地震。この地震は単発で発生することもあるが、連動することが多く、その際には巨大地震になると推定されている。

地球の構造と地震の仕組み

地球の構造をゆで卵に例えると理解しやすい。(図3)黄身の部分が地球の核、白身がマントル、殻が地殻(大地)にあたる。地球の内部は6000℃程度と推定されており、非常に熱い。核の外側のマントルが2000℃で、マントルの内側を下部マントル、外側を上部マントルと呼ぶ。下部マントルは剛体で上部マントルには流動性があると推測されている。

地球内部の非常に高い温度のために、流動性のある上部マントルが対流し、その上に乗っている地殻がそれにつられて少しずつ移動している。地殻はジグゾーパズルのように分割されており(図4)一つのパズルが隣のパズルの方に向かって動くため、境界部の圧力が高まり、限度を超えると境界部が跳ね上がってしまう。これが地震発生の仕組み。(図5)

ただ、パズルの性状が鉄板のように均質なものではないため、何年で跳ね上がるかはきちんと推定できない。東京大学のロバート・ゲラー教授はいつ、どこで、どの程度の地震が発生するか、予測できるはずがないと述べている。それはもっともで、活断層型地震などもあり、地震発生の場所と日時を特定して予知することはできない。しかしプレート型地震は、これまでの地震発生年と場所をプロットしていくと、次はいつくらいに発生するかということは予想できる。

古文書の地震記録

我が国の古文書には数々の地震記録が残されている。日本書紀、続日本紀、愚管記、太平記などには地震の発生時期や場所などが記載されており、どの地域にどの程度の地震があったかがわかる。太平記は大学受験の際に、古文の勉強でその一部を読んだことはあるが、地震の記載があったとは知らなかった。その太平記に由岐町の記載があるので抜粋してみる。

「康安元年(1361年)の6月18日の巳刻より、同じき10月の頃に至るまで、大地おびただしく動いて、日々夜々にやむ時なし。山崩れて谷を埋め、海傾いて陸地になりしかば、神社仏閣倒れ破れ、牛馬人民の死傷すること幾千万と云う数を知らず。すべて山川江河、林野村落、この災いにあはずと云ふ所なし。中にも阿波の雪の湊(由岐町のこと)と云ふ浦には、俄に太山の如くなる潮漲り来て、在家一千七百余宇悉く引潮につれて海底に沈みしかば、家々にあらゆる処の僧俗男女、牛馬鶏犬一つも残らず底の藻屑となりにけり。」(巻第三十六)このような歴史書の記載を拾うことで、東南海・南海地域の大地震がいつ頃発生したのかがわかる。

地震考古学

古文書から判断すると1605年の以降の南海地震と東海地震には、ほぼ同時、または東海地震が発生して少なくとも二年以内に南海地震が発生するという規則性があることがわかる。しかし室町以前の古文書では1498年は東海地震だけが発生し、1361年、887年、684年は南海地震だけが発生したことになる。この巨大地震がほぼ同時期に発生するというのは、江戸時代以降だけのことだろうかという疑問をもち、それを解明したのが香川県出身の寒川旭さんであった。この謎を解く鍵が全国各地の古墳にあった。古墳には土器や貝類など、時代を特定できる遺物を含んだ地面が層状に重なっている。その地層を探り、地震による液状化現象の名残である砂脈(図6)を見つけることができれば、その砂脈の上に積もる地層の年代を特定することで、地震発生の時期を推定することができる。(図7)は徳島県板野郡板野町の宮ノ前遺跡で溝の底に噴出した噴砂をスケッチしたものである。

地層を横切る砂脈があり、その砂脈が水平に走る層がみえる。この水平に走っている層が地震の発生した時期であり、この層の上に堆積している地層が地震発生後の時代になる。水平に走っている層やその上部の層に含まれる土器、貝殻などを分析することで、地震の発生年を推測することができる。このような作業を繰り返すことで南海、東海地震の発生年次を特定したのが(図8)である。南海地震は西暦684年以来、合計8回発生しており、およそ100年間隔で繰り返していることがわかる。

次の南海地震発生予想

南海地震は前回の地震規模が小さいと次の地震発生までの間隔が短くなるという性質のあることが地震学の研究で明らかにされており、前回の南海大地震は1946年であったが、これは南海地震の中では比較的規模の小さい地震であったとされている。このため、次の南海地震の発生は100年後ではなく、90年後の2035年頃と推定された。ただし、地震発生をピンポイントで推定することはできないため、発生の前後に1割の推定誤差を認めると、2035年±10年頃に次の南海大地震が発生することになる。最短であと15年前後だ。その頃にはもう鬼籍に入っており、自分は無関係と考える人がいるかもしれない。しかし、流されたり、押しつぶされたりする子孫をあの世から見るのは悲しい。地震を防ぐことはできないが、それに伴う災害を減らすことはできる。地震や津波に関する知識を増やして、行動を開始しよう。

【坂東】

参考文献:『地震考古学』寒川旭(中公新書)『津波災害』河田惠昭(岩波新書)『いのちを守る地震防災学』林春男(岩波書店)『巨大地震』坂 篤郎(角川書店)『巨大地震災害へのカウントダウン』河田惠昭・林春男監修(東京法令出版)産経新聞


震災直後、公共広告機構の同じようなコマーシャルがテレビに流れた。その中で『心は誰にも見えないけれど、心遣いは見える』というメッセージにはハッとした。誰の文章かと思い画面を見てみると小さく『行為の意味』宮澤章二とあった。  宮澤さんは大正8年生まれで平成17年に逝去されている。東京大学文学部卒業後は高校教諭を経て文筆業に専念。全国の小中高約300校の校歌を作詞するとともに、ある出版社が毎月発行している中学生向け冊子に、30年に渡って詩を贈り続けた。その詩をまとめたのが『行為の意味』という詩集で、コマーシャルに引用された文言はこの詩集から引用されている。

【坂東】