ホテルのような病院はよい病院か?

患者さんや職員にとって、病院を機能的、快適にするにはどうすればよいかと、勤務医時代によく考えていました。学会などで全国各地に出張した折、その地の有名な病院を見学することも、しばしばでした。この押し掛け病院見学で本当にたくさんのことを学びました。

20年近く前に北海道のA病院を訪れたとき、次のようなことがありました。玄関のロビーには他の病院と同じように公衆電話がありました。しかし、この病院では電話機を小机や出窓にはおくようなことはしていませんでした。二基の電話ボックスがあり、それが建物の壁の中に埋め込まれていたのです。案内していただいた方に、なぜこのような作りにしているのですかと尋ねると、「患者さんがこの病院から電話をする場合、涙ながらに話さなければならないことも多々あると想像しています。人目をはばからずに電話をしてもらうために電話を個室ボックスの中に入れ、なおかつ、壁の中に埋め込み、表のドアからだけ、中が窺えるようにしています。」とのことでした。現在は携帯電話が広く普及しているため、必ずしもこのような配慮は必要ないでしょうが、単に公衆電話機を設置するというのではなく、電話機を使用する患者さんの心情まで忖度した病院長の深い洞察力と暖かい心に感心しました。病院を作るなら、このような心遣いがいっぱい詰まった病院がいいなと思ったことでした。

さて、ホテルのようにきれいな病院ということをセールスポイントにしている病院が、全国各地に見られます。しかし、病院はホテルと同様の作りであってはならないのです。ホテルはプライバシーが確保され、他から見られないようにする工夫が必要です。一方、病院は一定のプライバシーが確保されながらも、職員に見てもらえるような工夫や構造が必要です。患者側が見ようと思えば職員の姿が垣間見られ、何かあったらすぐ来てくれそうな、安心感のある作りが必要です。ホテルと見紛うほどの豪華な病院だと誇っても、このような視点が欠けていれば、魂の入ってない仏像と同じです。

広く豪華な待合いフロアーが作られていても、総合案内などからの死角が存在すれば、適切とは言えません。また、有名画家の作品をあちこちに飾っている病院がありました。○○展の入賞作品などと注釈が添えられています。一般的には立派な作品であっても、それらを羅列すればよいというものではありません。さらに、芸術家が自分の技量を目一杯駆使し「どうだ」といわんばかりのオブジェを飾る病院もありました。しかしそれを見るのは病者であり、病をもつ身にはどう映るかという視点が欠けているように思えました。病院は芸術家のための晴れ舞台ではなく、心身に問題が生じた時に訪れる施設です。その人達の感受性に合わせる必要があります。

美術館と病院とでは作品を展示する目的が異なります。「ああ、きれいだ」という思いが湧いてくる作品も必要でしょう。しかし、病院の美術作品に求められるもっとも重要で優先的な要素は、見る人に生きることへの共感を呼び起こす力を持っているかどうかだと思います。著明な作家の作品でなくても、それを見ることで生きる力が湧いてくるような作品であれば、素人、学生の制作であろうと構わないと私は思います。

ホテル並みの豪華さが備わるように病院を仕上げるのではなく、質素であってもA病院で見られたような心配りを散りばめながら、患者さんや職員にとって安全、快適な施設になるように、病院を作り上げることが重要です。病院の外観や設備の豪華さのみに目を奪われることがありませんように‥

 【坂東】