ミラーニューロンって何だろう

ミラーニューロンという言葉を聞いたことがあるでしょうか?私達の脳の仕組みに関して、非常に面白いことがわかってきました。しばらくおつきあい下さい。

皆さんの診察が終了し、会計のために受付に呼ばれたとします。受付事務員はお渡しするカルテや心電図を整え、領収書も添えて皆さんに渡そうとします。その様子をみていて、「これらの資料は私に渡される。請求書を手渡され、必要なお金を支払わなければならない。」ということは瞬時にわかることと思います。「彼女は資料を整理して何をするのだろう。あの請求書は誰に対するものだろう?」と思う人はまずいません。なぜでしょう?

私達は目や耳からはいった情報を組み立て、相手の行動や状況を理解すると考えられていました。複雑な状況では、そのような過程で理解するのでしょう。しかし前述のようにごく簡単な状況では瞬時に理解できるため、「複雑な推測」という過程を経ずに理解しているはずだと考えられてきました。その鍵をとくのがミラーニューロンなのです。

イタリアのパルマ大学でサルの脳の「F5野」という、運動を担当する場所に電極を差し込んで実験をしていました。F5野は手や口の動きと関係があることがわかっています。サルが手や口を動かしたりすると、F5野からの脳の活性化信号が記録できるようにセットされていました。

ある時、サルから離れたところに置いてあったエサをスタッフの一人がつかむと、突然サルの脳が活性化信号を出しました。そのスタッフは「サルもエサをつかんだのだろうか?」とサルを見てみましたが、サルは手も口も動かさず、じっとスタッフを見ているだけです。もう一度同じ動作をしてみると、サルの脳は再び活性化信号を出しました。サルは手を伸ばさず、口も動かしていません。サルはスタッフがエサをつかむのを見ているだけでした。

サルは離れたところから、スタッフがエサをつかむのを見ていただけなのに、サルの脳はサル自身がエサをつかんだときと同じ反応を示したのです。更に詳しい実験から、サルの脳には相手の行動を映すような神経細胞があることがわかりました。自分は何もしなくても相手が何かをするのを見ていれば、相手が行動したときに活発化する脳の部分と同じ部分が自分の脳でも活発化するのです。この神経のことをミラーニューロン(鏡のような神経)と名付けました。このミラーニューロンは人間にも存在することがわかっています。

ミラーニューロンの働きを実生活で考えてみましょう。子供がバレエの練習をしているとします。踊っている先生を一生懸命見ていると、その子供の頭の中では先生の脳の活動している部分と同じ部位の脳が働きます。上手な先生の手の動き、身体の動きを観察していると、その先生の脳が活動しているように子供の脳が活性化されるのです。上手なお手本を見て腕をあげることができるのは、このミラーニューロンのおかげです。剣道などでも見取り稽古と言い、高段者の身体の動きをつぶさに観察するよう勧めます。上手な人の動きを観察することで、上手に動くよう指示している高段者の脳の活動と同じ脳の活動が自分の脳内で発生します。イチローのバットスイングや石川遼のゴルフスイングを真剣に観察すれば、見ている人の頭の中で彼らの脳の働きと同じような働きが生じ、よく似たフォームを身につけることができることになります。もっとも、彼らほどの徹底した長時間の努力が必要なのですが…

ミラーニューロンの存在に気づくと、ヘタな人の動きをみていると、自分の頭のなかで、下手な動きの回路が活性化され、いわゆる「ヘタがうつる」ということもわかります。朱に交われば赤くなるのです。
さらにミラーニューロンの働きを考えてみましょう。写真1をご覧下さい。私の昼食前の写真です。お茶を飲もうとして湯飲みに手を伸ばしています。写真2は昼ご飯も終わり、湯飲みを片付けようとしています。お弁当箱の中のアルミホイールやミカンを剥いた皮があるので、食後であることがわかります。誰かが写真1の情景を見た時と、写真2の情景を見たときとで、反応するミラーニューロンは同じですが、その反応程度が異なります。動作は同じでも状況が異なるとミラーニューロンの反応が異なるのです。これはミラーニューロンが相手の意図を識別できることを意味します。気が利く人と利かない人との差はミラーニューロンの働き具合によって説明できるのかもしれません。

また、他の人が嫌な匂いを嗅いで苦しそうな顔をしているのを見ると、その顔を見た人の頭のなかで、匂いを嗅いだ人が活性化された脳の部位と同じ部位の脳が活性化されます。「ああ、臭そうだ」と。
痛みを感じたときに活性化する脳の部分は、痛そうにしている人を見たとき、見ている人の脳の中でも、痛みを感じている人と同じ部位が活性化して、痛みに共感することができます。「ああ、痛そうだ…」ミラーニューロンは他者との感情の共有、つまり共感することにも役立っています。

こうしてみるとミラーニューロンは人が社会生活を行う上で非常に重要な役目をしていることがわかります。ミラーニューロンの働きはまだまだ完全には解明できていませんが、非常におもしろい脳の仕組みがわかってきたと感じます。

多くの経験をしてミラーニューロンを活性化させれば他者の理解が容易になり、人としての幅が広がる可能性があります。たくさんの経験をすることで、行為のいろいろな「ひな形」が頭のなかに形成され、相手の意図がわかり、共感もでき、上手く対応できるのかもしれません。また、上手な人を観察し、自分をよりよい環境に置くことで、自分の頭の中でミラーニューロンがより良く活性化され、良い行動に繋がる可能性があります。(劣悪な環境の中にいても、すばらしい活躍をされる人がいます。こういったことに関してはまた別の説明が必要なのでしょう。)

皆さんのためだけではなくお子さんやお孫さんにも良い環境を提供し、かつ良いお手本を示し、子孫のミラーニューロンを活性化させるよう工夫をされたらいかがでしょうか?

【写真1:お茶を飲もうとして手を伸ばす】 【写真2:湯飲みを片付けようと
手を伸ばす】

(参考文献:日経サイエンス2007年2月号)

【坂東】