ユニクロのヒートテックで解決するか?

巻頭で「(加齢に伴い)体が冷える理由」について記載しました。それではこの現象にどのように対応したらよいか、考えていきましょう。

まず熱が発生する仕組みを調べてみます。診察時に、「寒く感じたときに、熱はどこで作られているか知っていますか?」とお尋ねしても、正しい答えをした方はありませんでした。「心臓かな?」「脳だろうか‥」「わからん‥」という答えが続きます。

私たちの体が熱を発生させる仕組みには@基礎代謝過程A食物摂取B筋肉活動の3つがあります。基礎代謝ってなんだろうと思われるでしょうが難しいことではありません。基礎代謝とは特別な活動をせず、安静時の体を維持するために必要なエネルギー代謝のことを言います。入院して一日中ベッド上安静を保っている時に必要なエネルギー量と考えてください。どのくらいのエネルギーが必要かというと一般成人男性では1500キロカロリー、女性では1200キロカロリーとされています。もちろん体型により異なります。

その基礎代謝過程、つまり安静時にヒトがヒトとしての機能を維持しているときに、基礎代謝量として示されているエネルギーのすべてが臓器の機能維持のために使われているわけではありません。その目的で使用されているエレルギーは基礎代謝量の25%程度で、残りの75%以上は熱を発生し、体温を維持するために使われています。

下の表をご覧ください。安静時に最も熱を発生させているのは心臓や肺といった胸腔内臓器です。私たちが呼吸をし、心臓が拍動しているときに、同時に熱が発生しているのです。甲状腺機能亢進症の人はで冬でもよく汗をかき「暑い、暑い」と訴えます。これは病気により心臓の打ち方や呼吸が速くなり、熱産生が増加しているからです。

次は食物摂取による熱発生を考えてみます。私たちが食事をすると吸収された各種栄養成分が分解され、エネルギーを得ます。そのエネルギーを外部に向けた仕事に振り向けたり、貯蔵したり、また熱を発生させて体温の維持に使用します。前にも記しましたが、人では食物を摂取して得たエネルギー量の75%以上を熱に変換して体温調整に利用しています。寒いときに暖かいうどんを食べると、身体の芯から温まってくる感じがしますが、これは暖かいものが胃の中に入ったからだけではなく、うどんが代謝吸収されていく過程で熱が発生しているからです。きちんと食事をしなければ熱の発生は期待できません。起床直後は私たちの体温は最も低いのですが、朝食をきちんと食べることで体温が上昇し、活動しやすくなることがわかります。ダイエットの目的で朝食を抜いたりするのは、体温上昇を妨げて良くありません。

三番目が筋肉による熱発生です。運動したときに熱が発生するのはどこからでしょう。もう一度、表をご覧下さい。表にあるように、運動発生時に熱を発生させているのは、大半が筋肉組織なのです。寒いときに熱を発生させようとしても、筋肉が少なければ発熱量が少なく、身体は熱くなりにくいことがわかります。冷えに対抗して熱を発生させるには筋肉を増やし、それを動かさなければなりません。

  安静時(%) 運動中(%)
16 3
胸腔内臓器 56 22
筋肉と皮膚 18 73
残り(骨など) 10 2

この筋肉活動による熱産生は自分の意志で行いますが、「ふるえ熱産生」という現象があります。これは寒さを感じたときに自動的に発生する熱産生で、「寒さでがたがた震える」と形容される状態です。「ふるえ熱産生」では上下肢で伸筋と屈筋との収縮、弛緩が同期しておこるため細かな震えとして観察できます。私たちは寒さを感じたときにこの「震え」で熱を発生させています。しかし筋肉が少ないと、この震えによる熱産生も少なくなります。

さて、運動を行うとその強度や仕事量にもよりますが、筋肉その他で行われる熱産生量は安静時の10〜20倍にも達するといわれています。筋肉の多い人が運動すれば、体温を上昇させる効果は強いことがわかります。コタツの中でテレビの番をしているような生活では、熱を産生して身体を温めることはできないわけです。右図をご覧下さい。これは毛細血管レベルの動静脈をあらわしています。私たちの微小循環レベルにはご存知の細動脈、細静脈、毛細血管以外に、動静脈吻合という仕組みがあります。また、毛細血管には前毛細血管括約筋という毛細血管の首根っこに付着し、血流をコントロールする小さな筋肉がついています。安静時にはこの括約筋の80〜85%が収縮して毛細血管の血流を遮断し、細動脈を流れてきた血液は毛細血管に流れず、動静脈吻合を通過して細静脈に返っているのです。しかし激しい運動を行うとこの括約筋はすべてが解放され、毛細血管のすべてに血液が流れるようになります。運動すれば手足が暖かくなる仕組みのひとつが、この前毛細血管括約筋の解放にあります。田植えの時期にため池から水路に水を流す時、「ゆる」と呼ばれる栓を抜くことに似ています。

寒い寒いといわれる人の一つの原因はこの前毛細血管括約筋が開いておらず、組織に十分血液が流れていないことが挙げられます。解決するには運動をしなければならないことがわかります。
次に熱の放散を考えてみます。加齢に伴う冷点の減少を巻頭に記載しましたが、冷点が減少すると寒いにも関わらずその寒さを感知しにくくなり、毛細血管は開きっぱなしの無防備な状態になります。熱は容赦なく体表面から逃げていき、最終的に体温は下がります。診察時に年配の方の手を拝見すると、冬でも手が暖かいと感じることはよくあります。寒いときには血管を収縮させて、熱が体表面から逃げるのを防がなければなりません。熱の放散を防ぐためには、ある程度の衣服を着込まなければなりません。

さて、加齢に伴い、血管を収縮させたり、拡張させたりする機能、また「熱い、寒い」を感知するアンテナ機能が低下することを記載しましたが、そのアンテナや血管の収縮・拡張機能を改善させる方法はあるのでしょうか?

残念ながら冷点を増やすという方法は知られていません。しかし血管の収縮・拡張機能を上手に働かせる方法は古来、いろいろと試みられています。最も知られているのは乾布摩擦でしょう。これは副交感神経を刺激することで血管が拡張すると説明されています。皮膚を刺激することで、皮膚のセンサー機能にもよい影響を与えるように感じます。

末梢血管を広げる目的で「爪もみ法」という方法を行っている人もいます。新潟市在住の元外科医である福田稔さんが始めた方法で、爪の根っこの両脇を反対側の指でマッサージします。爪の生え際を反対の手の親指と人指し指でつまみ、写真のように指の付け根のMP関節を基点にして捻るように繰り返し刺激します。指は5本の指を対象にして行い、刺激する回数はできるだけ多く、時間も長い方が有効とされています。私自身、この爪もみ法を行っているわけではありませんが、この方法に効果がありそうだと推測できる経験はあります。診察時にある患者さんが「五本指の靴下をはくと、足が温かくなる」と言われたため、試してみました。確かに足は温かくなったと感じました。しかし私にはもともと冷えの傾向はなく、五本指の靴下を履くと足が熱くなりすぎるため、継続して使用はしませんでした。五本指靴下の効果を考えた時、勤務医時代の針治療を思い出しました。心臓手術後の患者さんが首や肩の凝りを訴えたため、針治療を行ってみました。非常によく効く人があり、患者さんにはたいそう喜ばれました。しかし針治療を希望して外来受診する人が現れ始め、本来の私の仕事に支障が生じるようになり、また手術時に患者さんの腕の位置を変更することで術後の肩こりも少なくなったため、針治療は中止しました。この時代に針治療一般に関して勉強したのですが、指先の爪の横には井穴(せいけつ)というツボがあり、そこを刺激すると気が溢れ、血管が拡張するとされています。五本指の靴下で指の周囲を圧迫すると井穴が刺激され、足が温かくなったのであろうかと、「爪もみ法」を読んだときに感じました。興味のある方は「爪もみ法」の本も市販されておりますので、試して見られるとよいでしょう。

その他の民間療法として、冬にはゆず湯が行われることがあります。ゆずにはピネン、リモネンといった成分が含まれていることがわかり、これらの成分が新陳代謝を促進し、血行を促進させる効果があると証明されました。ゆず湯のゆずも単なる飾りではなく、昔の人たちの経験から生まれた知恵なのでしょう。

今回ここに記載した以外に、ひえに関する民間療法にはたくさんのものがありますが、理論的に証明できるものから、まったくの眉唾物までいろいろとあります。今回、それらをすべて網羅することはできませんでしたが、加齢に伴う体温調整機能の低下を理解され、「体を動かすこと」を生活の基本にしながら、自分が行ってみたい方法を試してみるとよいでしょう。

ユニクロのヒートテックはよくできた下着で安価とは思いますが、それを着るだけでは冷えに対抗できないことは明らかです。万人に効く、冷えの特効薬はありません。体やひえの仕組みを知った上で、自分にあう方法を探し出したらよいと思います。
引用文献:「体温生理学テキスト」「冷え外来」「人体機能生理学」 

【坂東】