いくつになっても元気で、自立した生活を送るために

先日、趣味がフルートと油絵という方が来院されました。3時間くらいフルートのレッスンをして、その後、油絵を描かれるとのことでした。診察が終了し、少し気になるため、InBodyで筋力測定を行ってみました。案の定、下肢筋力が極度に低下しています。最近このような方が目立ちます。いくら内臓器の調子がよくても下肢筋力が衰えると、年をとってからの活動が大きく制限されます。

私達は日々暮らしていますが、体の筋力がどのような状態にあるのか、たいして気にしていない方が多いようです。我々の体力は加齢のみならず、運動しないことにより相乗的に低下します。行きたいときに行きたい所へ、他人の介助なしで行ける能力を保つこと。これが自立した生活に繋がります。そのためには体の筋肉を維持する工夫がどうしても必要です。生き甲斐があり、QOLの高い生活を送り、ある時点でポックリ死ぬ。自分も苦しまず、他人にも迷惑をかけず‥というわけです。このような生き方を「直角型人生」と呼ぶ人がいます。

さて、加齢に伴って腕とふくらはぎの筋肉がどのように変化するかを示したのが図1です。男性も女性も、腕の筋肉は年をとっても比較的温存されていますが、ふくらはぎの筋肉は年と共に次第に低下しています。このように落ちていく筋肉を、トレーニングで維持しようとしなければ、いくつになっても元気で、自立した生活を送るという目的は達成できません。


【図1】加齢に伴う筋力低下

そういった面で良いお手本は女優の森光子さんです。今年5月に88歳になられますが、容姿だけでなく、歩行姿も極めて若々しく驚かされます。舞台での仕事を元気に続けるため、インストラクターにスクワットを勧められました。それ以来毎日、朝晩75回、合計150回行っているとある雑誌の記事にありました。森さん以外にも吉永小百合さん、黒柳徹子さんもスクワット愛好者です。

このスクワットをはじめとして、元気に過ごすための筋力トレーニングを皆さんにお勧めしようとしています。しかし、文章ではトレーニング方法の大事な点をきちんと伝えきれないため、診察時に看護師から説明するようにし、『藍色の風』では筋肉トレーニングの総論的なことのみお伝えすることにします。

最初に、おなじみのウォーキングについて。ウォーキングは心臓や肺の機能を維持したり高めたりすることができ、また余分な脂肪を落としたりすることもできる効果的な方法です。しかし筋肉を鍛える運動としてはその強度が不足しています。図2は普通歩行をしたときに、体の筋肉を最大筋力に対してどのくらい使っているかを示したものです。


【図2】歩行時の筋力使用具合

ウォーキングでは腕や胴体の筋肉はほとんど活動せず、太ももの筋肉も最大筋力の5%程度しか働いていません。最も活動の大きいふくらはぎの筋肉でさえ、最大筋力の15%程度の活動です。筋肉トレーニングの理論では最大筋力の30〜40%以上の運動強度でなければ、筋力の増強にはつながらないことがわかっています。ウォーキングは非常に重要な運動ですが、筋力増強という面では不十分なのです。


【図:共働筋と拮抗筋の関係】

さて、私達が自分の体を移動させたり、いろんな動作をしたりするとき、抗重力筋とよばれる筋肉の一群が重要になります。私達が立ち上がるとき、ふくらはぎの下腿三頭筋が足首を直角にし、太ももの大腿四頭筋が膝を伸ばします。そしておしりの大臀筋が股関節を伸ばし、脊柱起立筋である背筋が体を支えます。このように、人が立ち上がるときに使う筋肉を抗重力筋と呼びます。しかしこれらの筋肉だけが丈夫でも完全ではありません。抗重力筋と拮抗する筋肉があり、それらの筋肉が抗重力筋とバランスよく働くことによって、私達は体を安定して維持することができるのです。

ふくらはぎの下腿三頭筋とバランスをとるのが前脛骨筋であり、ふとももの大腿四頭筋に対しては、太ももの背中側にある大腿二頭筋、半膜様筋、半腱様筋(3つの筋肉をまとめてハムストリングスと呼びます)、大臀筋に対するのが腸腰筋であり、背筋に対するのが腹筋です。ちなみにハムストリングスとは「もも肉のひも」という意味です。ハムを作るときに豚などの「もも肉」をぶら下げるために、これらの筋肉の腱が使われたことに由来しています。いくつになっても元気で、行きたいところに行くことができ、自立した生活をおくる。そのために、これらの抗重力筋、およびそれと拮抗する筋群のトレーニングが重要です。一緒に筋力トレーニングを考えていきましょう。出典(貯筋運動:保健同人社、スポーツ医師が教えるヒザ寿命の延ばし方:アスキー新書)


【図:抗重力筋と拮抗筋】

【坂東】