水をたくさん飲めば本当に体によいのでしょうか? 

数年前から「血液サラサラのために水分を多く摂りましょう」と、意識的に水分を摂取するよう、テレビなどで勧められることがあります。そうすることで脳梗塞や心筋梗塞などの予防に効果があると言われています。当院でも問診や診察中に「水分はたくさん飲む方が体にいいのでしょう。」「水分はどのくらい飲めばいいのでしょうか?」といったお尋ねがよくあります。そこで、本当に水分をたくさん摂取すれば脳梗塞や心筋梗塞が予防できるのか、具体的にどのくらい水分を摂取すればいいのか、調べてみました。

結論から言いますと、脳梗塞・心筋梗塞予防に多くの水分が効果的であったという科学的根拠はありませんでした。脳梗塞症を発症した読売巨人軍終身名誉監督、長島茂雄さんの主治医である東京女子医大神経内科教授 内山真一郎先生が徳島に講演に来られたとき、当院の院長が上記のようなことについて質問しました。しかし回答は、「水の摂取による脳梗塞予防に関して、大規模試験に基づく根拠はない。私も患者さんに、水の多飲を勧めることはない。」というものでした。

この問題を考えるために、人間はどういう形で水分を取り入れ、排出しているか、体の「水分出納」についてお話しします。成人の場合、人間の体は約60%以上が水分でできています。私たちは、お茶やコーヒーなどの飲み物から毎日1000〜1500ml、ご飯や野菜、魚、肉など食物そのものに含まれている水分から約800〜1000ml、それに加えて炭水化物、タンパク質、脂肪などの栄養が分解されるときに生成される水、つまり代謝水が350〜500ml、合計すると1日に約2100〜2600mlを摂取しています。一方、排出する水は便や尿として1500〜1700mlになります。それ以外に息からの排出が350〜500ml程度、また、皮膚からも汗として蒸発しており、合計で2100〜2600ml排出されています。これらのことからわかるように、意識して多量の水分を摂取しなくても、水分出納は保たれている事になります。(表1参照)

それでは、この水分出納が崩れるとどうなるでしょうか?雨も降りすぎれば洪水を起こし、植木に水をやりすぎると根腐れをおこします。人間も同じで、私たちも水分を摂り過ぎると、体にさまざまな害が起きてきます。漢方では2000年も前から「水毒症」といわれ、「水は、生命にとって最も大切だが、大変危険な害毒をもたらすこともある両刃の剣である」と考えられています。当院を受診される患者さんの中にも、水分過剰摂取から体調を崩される方がいらっしゃいます。水分の摂りすぎは、体内水分量増加に伴い、血圧が上昇します。また、寝る前に過剰な水分を摂取すると排尿に目覚め、睡眠が障害され、そのことにより脳梗塞や心筋梗塞の発症率が高まるのでは?と危惧されています。

では日常生活でどのように水分を摂取すれば良いのでしょうか?体内で水分が不足すると私たちの体は「のどの渇き」として知らせてくれます。食事のときにお湯のみ1杯のお茶、薬の服用するときの水に加え、入浴後やのどが渇いたとき、汗をかいたら水分を摂取しましょう。しかし、高齢者の方は普段から水分摂取が少なく「のどの渇き」を感じにくくなっている場合があります。食事と食事の間に水分補給をしましょう。
摂取する水の種類は日常的には普通の水でよいですが、高温下の運動や多量発汗のあとの脱水症状があるときには、電解質を含んだ水の方が吸収も早く効果的です。具体的には0.2%の塩分を含んだ水(市販のスポーツドリンクを半分に薄めたもの)が手に入りやすくなっています。最近では糖分の含まれていない飲み物も販売されています。どのようなものが販売されているか、看護師や管理栄養士にお尋ね下さい。
以上は一般的な水分摂取についての説明です。心臓の機能低下があり、水分制限が必要な場合はご相談下さい。

【看護師:竹内・速水・立石・長尾・阿部】

表1 成人一日の水分出納(文献1より改変)

摂取 排泄
○経口飲料:1000〜1500ml
○食物:800〜1000ml
○代謝:350〜500ml
○尿:1500ml
○便:200ml
○不感蒸泄
呼吸:350〜500ml
皮膚:500〜700ml
合計:2100〜2600ml 合計:2100〜2600ml

参考文献
1)水と健康ハンドブック 武藤芳照他 (日本医事新報社)
2)「水分の摂りすぎ」は今すぐやめなさい 石原結実著(三笠書房)

院長からの追加

下のレントゲン写真をごらん下さい。当院に通われる80代前半の男性のものです。近所の人に、「水をたくさん飲むと心臓によい」と勧められました。30万円前後の浄水器?を購入し、毎日頑張って2リットルの水をのみました。もともと心臓の機能は良くない方でした。

【左右の肺に水が溜まり
心臓が大きくなった】
【水をたくさん飲む前の写真】

飲み始め、一ヶ月ほどして定期受診されたとき、問診の看護師が顔面や足の腫れに気づきました。体重を量ると3Kgも増加しています。その連絡があったため、すぐにレントゲン写真をとりました。左側の写真がその時のものです。左右の肺に水が溜まり、心臓の大きさも大きくなっています。右側の写真は水をたくさん飲む前の、普段のレントゲン写真です。少し大きめの心臓ですが、肺に水は溜まっていません。

水の多飲はすぐに止められるよう指示し、利尿剤を短期間追加しました。1週間後に確認しましたが、体重はもとに戻り、胸水もほぼ消失しました。このような事態に至る患者さんは、決して少なくありません。脱水はよくありませんが、浮腫が生じたり、睡眠を妨げたりするような水の摂取は避けるべきです。水に限らず「何か一つのことで体が良くなる」と勧めてくるものは『100%眉唾物』と考えて間違いありません。何か新しいことを試してみたい時には、私か、当院のスタッフにお尋ね下さい。大事な体を守るために正しい知識を身につけられますように‥

【坂東】