水をたくさん飲めば、心筋梗塞や脳梗塞になりにくいか?

依然として水をたくさん飲む方がおいでます。いろいろなブランド水や高価な浄水器で作られた水を愛用されている方もおられます。多量の飲水による健康上の問題が発生しているのは循環器科領域だけではなく、泌尿器科でも見られるようです。夜間の排尿が多いと訴える患者さんの中に、水をたくさん飲む方が隠れている由です。

国立長寿医療研究センターの泌尿器科、神経内科、高齢者総合内科、循環器科が合同して、多量の飲水が心筋梗塞や脳梗塞の予防になるかどうか、世界中でこれまでに発表された論文をインターネット上のPubMedというシステムで検索し、該当する論文611篇を収集し検討しています。研究方法などを確認し、十分な評価に耐えうる論文をさらに22篇厳選し、評価を加えています。『藍色の風第28号』でお知らせしたように、いわゆる「さんた論法」に近い論文などは排除しています。

これらの検討から以下のような結論が導かれています。「病的な脱水に陥ると脳梗塞や心筋梗塞が生じる可能性が高くなるが、脱水状態にない人がさらに水分を摂取しても梗塞性疾患を予防することができない。」これらの論文の中でもっとも信頼性の高い研究方法で行われたものは次のようなものでした。「1日に6杯(240mlのマグカップ)の紅茶を飲んでも、健常人では血液のねばさに影響を与えるフィブリノゲン、組織プラスミノーゲンアクチベーター、プラスミノーゲンアクチベーターインヒビターに影響を与えることはなく、心筋梗塞を予防することは難しいと考えられる。」というものです。

また水分の過剰摂取と血液のねばさの関連を明らかにするために、日本人で31〜65歳の10人と65〜75歳の11人に、1週間の間、毎日最低2リットルの水道水を飲んでもらい、その前後で早朝の血液のねばさを測った結果が下図です。このような水の飲み方をしても血液のねばさには変化がないことがわかります。また排尿回数は飲水後に優位に増加し、特に65歳以上のグループでは夜間の排尿回数が大きく増加しました。高齢になるに従って濃い尿を作る能力が低下するため、薄い尿が膀胱にたまって夜間の排尿回数が増加するのです。

当クリニックでも、夜間に頻回にトイレに立つと訴えられる方がおられます。男性では前立腺肥大症が隠れている場合もありますが、そうではなく多量の飲水でそのようになっている人も結構見られます。脳梗塞や心筋梗塞になるまいとして多量の飲水を行い、寝ぼけ眼の状態で、薄暗い廊下をトイレに行こうとして転倒してしまった方もおられました。さらにはその転倒から大腿骨の頸部骨折を発症し、手術が必要になったり、大幅に日常生活能力が低下してしまった人もおられます。水の多飲には十分ご留意下さい。

(参考文献:Urology View 2010年 No.3)

 【坂東】